古事記・日本書紀の神様

古事記・日本書紀の神様

万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)

万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)

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万幡豊秋津師比売
【別名】
栲幡千々姫命(たくはたちぢひめのみこと)

【ご神徳】
織物の神

【継続】
高御産巣日神(高木の神)(親)
思兼命(兄)
正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(夫)
天火明命(子)
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(子)

【鎮座】
塩沢神社(福島県二本松市塩沢)
椿大神社(三重県鈴鹿市山本町)
泉穴師神社(大阪府泉大津市豊中)


【解説】

名前の由来

万幡豊秋津師比売命は古事記に登場する女神で、日本書紀では栲幡千々姫命と呼ばれます。
二つの名前に共通する「幡(はた)」という字は織物や機織機のことを指します。
また、「栲」は白膠木(ぬるで:秋の紅葉が美しい低潅木)のことであり、「万」や「千々」はたくさんのという意味を表しています。さらに「千々」は『「縮」む』にも通じ、縮んだ上質な織物の様子を指しているという解釈もあります。
つまりこの女神の名が表しているのは、たくさんの美しい織物、ということになります。

記紀神話では、天照大御神が忌服屋(いみはたや:注1)で女神に神御衣を織らせています。機織りは女性の神聖な仕事であったのです。万幡豊秋津師比売命の原像は機織りをする神聖な巫女であり、現在に至るまで織物業守護の神様としてお祀りされています。

織物は当時より神々への奉納品として重要視されていました。
学問の神様として有名な菅原道真が詠んだ歌に、次のような歌があります。

このたびは 幣(ぬさ)も取りあへず 手向(たむけ)山 紅葉(もみぢ)の錦 神のまにまに
菅家(『小倉百人一首』二十四番/『古今和歌集』羈旅・四二○)

この歌は宇田上皇(朱雀院)の宮滝宇田上皇(朱雀院)の宮滝御幸(八九八年十月といわれます)の時に詠まれたものです。
菅原道真は目の前に広がる美しい紅葉を見て感動し、その景色を錦(上質な織物)に見立て、神に奉納にしようと考えたのです。

現在でも、御神衣を織り献上する儀式が伊勢神宮をはじめとする様々な神社で行われています。

(注1)神聖な機織小屋のこと
(注2)太御幣の「太」は美称

天孫の母神

万幡豊秋津師比売命は、神話において母神として登場します。

ここにその太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命答へて白したまはく、「僕は降らむ装束しつる間に、子生れ出でぬ。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命、この子を降すべし」とまをしたまひき。この御子は、高木の神の女(むすめ)、万幡豊秋津師比売命に御合まして生みし子、天火明命、次に日子番能邇邇芸命二柱なり。ここを以ちて白したまひしまにまに、日子番能邇邇芸命に詔おほせて、「この豊葦原水穂国は、汝知らさむ国なりと言依さしたまふ。かれ、命のまにまに天降るべし」とのりたまひき。(『古事記』から抜粋)

正勝吾勝勝速日天忍穂耳命とは天照大御神と須佐之男命が誓約をした際に生まれた男神のうちの一柱、つまり天照大御神の子であるため、万幡豊秋津師比売命が生んだのは天照大御神の孫ということになります。彼らは天孫と呼ばれ、邇邇芸命は葦原中国を治めるために「筑紫の日向の高千穂の霊峰」に降臨しました。また、天火明命は尾張連の遠祖とされています(『日本書紀』)。『先代旧事本紀』では、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊という名で登場し、邇邇芸命に先立ち降臨したと述べられています。

万幡豊秋津師比売命ご自身は『古事記』、『日本書紀』ともに高御産巣日神の娘として描かれています。『日本書紀』の別伝では高御産巣日神の娘の子(つまり孫)とされていたり名前の表記に幅があるなど多少記述にずれがあるものの、高御産巣日神の血筋であることは間違いありません。

また、穀物の神である邇邇芸命を生んだことから豊穣の神としても信仰されています。名前にある「豊秋津」からも、実り豊かな秋の様子が感じられます。

■この神様に関連する主な神話

天孫降臨

【挿絵解説】
織物や豊穣の神様ということで、背景に布を広げ、一部のものには稲穂の模様を入れました。縫い目や布系の装飾も少し多めにしてみました。
【参考資料】
(文章参考)古事記、日本書紀、先代旧事本紀
(挿絵参考)古事記、日本書紀