吉備津彦命

きびつひこのみこと

吉備津彦命

吉備津彦命の別名

  • 比古伊佐勢理毘古
  • 大吉備日子命
  • 彦五十狭芹彦命

吉備津彦命の御神徳

吉備津彦命の伝承地

  • 岡山県岡山市北区吉備津
  • 岡山県倉敷市矢部
  • 岡山県総社市奥坂
  • 岡山県総社市赤浜

吉備津彦命の継続

  • 孝霊天皇(父)
  • 大倭迹々日百襲比賣命(姉)
  • 若健吉備津日子(弟)

吉備津彦命の鎮座

吉備津彦命の解説

きびつひこのみこと

吉備津彦命 吉備津彦命

桃太郎と言えば、岡山。岡山と言えば桃太郎。けど、なんで桃太郎は岡山?
実は、ちゃんとモデルがあったのです。
そのモデルとなった神様、吉備津彦命の紹介です。

吉備国を鬼から救った大和の皇子

第7代孝霊天皇の息子であり、卑弥呼説のある大倭迹々日百襲比賣命の弟である吉備津彦命は、第10代崇神天皇の命により、吉備に派遣された将軍です。弟、稚武彦命(若日子建吉備津日子命)と共に、古事記では「言向け和す(=平定する)」と記されています。
一説によると、281歳まで生きたと言われています。
吉備でやりたい放題していた鬼をこらしめ、吉備津神社で祀られるようになった吉備津彦命の伝説を見て行きましょう。

桃太郎のモデルとなった「温羅伝説」

崇神天皇から吉備津彦命を「西海を平定せよ」と命が下ったのは天皇が即位して10年目の9月9日のこと。「もし従わない者があれば兵を以て討て」と、印綬を持たされました。
吉備に向かう途中、大阪で反乱があったので、吉備津彦命は軍を討ちます。

そうして弟と共に吉備、阿曾の里に辿り着くと、そこには、1匹の鬼が山に城を構えて吉備の国でやりたい放題していました。力の弱い女や子どもをさらい、逆らう者は釜ゆで。まだ吉備の地に海があった時代、城の近くを通る船を沈めるなんてことも。この鬼の名は温羅(うら)。出身は百済、身分は王子だと言います。見た目はとても恐ろしく、身長は4メートルもあり、髭は生え放題、目はらんらんと輝きまるで狼のよう。実は、この温羅に困り果てた吉備の民たちが朝廷に助けを求め、吉備津彦命が派遣されたのです。

戦闘はとても激しいものでした。

まず、吉備津彦命は吉備の中山に石の盾を築き、石の上に置いた矢で温羅を倒そうとするも、温羅も矢で反撃。吉備津彦命の放った矢と温羅の放った矢がお互いにぶつかり合って、なかなか勝負がつきません。一本では駄目だと、吉備津彦命は2本の矢を同時に放ちます。すると、一本の矢が温羅の目に当たり、温羅は大量の血を流し、血の川となり海へ流れ込みます。

これでは負けてしまうと、温羅はその姿をキジに変化させ逃げようとするので、吉備津彦命もタカとなり追いかけます。しかし、吉備津彦命が温羅に追いつきそうになったところで、温羅は今度は鯉になって川に逃げ込んでしまいました。すると、今度は吉備津彦命が鵜に姿を変え、温羅を追いかけます。

とうとう、力尽きてしまった温羅は、吉備津彦命に首をはねられ、命を落としました。
その首は不思議なことに何年も吠え続けましたが、今の吉備津神社の地に埋め、その首の上で鳴釜の占いを行うことにより、温羅は静かになりました。

吉備津彦命は、吉備の中山に宮を建て、その後を吉備で過ごしたと言われます。
また、吉備を平定したことにより、朝廷から「吉備津彦命」の名を賜りました。吉備津の「津」は吉備にあった港の意味を表しています。

崇神天皇から平定の命が下っておよそ半年後の4月13日、吉備津彦命やその他の将軍たちは崇神天皇に平定の知らせをしたと伝えられています。
それから、吉備の中山に建てられた吉備津神社で吉備津彦命は祀られるようになりました。
なお、吉備津彦命の墓は中山茶臼山古墳だと言われています。

現在も残る、吉備津彦命の足あと

この温羅伝説となった舞台である吉備(岡山市)、総社市、倉敷市には、温羅伝説を思わせる場所がいくつか残っています。

・楯築墳丘墓
弥生時代の墳丘墓で、吉備の首長クラスの者が埋葬されていると言われる古墳です。その上には、吉備津彦命が建てた石の盾だろうと言われる石が置かれており、中心には祠があります。

・足守川
温羅の城の下に流れる川です。とても大きな川で、近くには弥生時代の遺跡である足守川遺跡が広がります。

・吉備津神社(吉備津神社御釜殿/矢置石)
吉備津彦命を祀る神社であり、温羅の首が眠る場所です。鳴釜神事は今でも行われており、予約すれば占いをすることもできます。
また、境内に続く階段の下には吉備津彦命が矢を置いたと言われる矢置石があり、ここでも神事が行われています。

・鯉喰神社
鯉に化けて逃げた温羅を、鵜に化けた吉備津彦命が捕まえた場所と言われています。

・血吸川
2本同時に放った矢の1本が目に突き刺さり、流れ出た血の川と伝えられます。一説では、吉備は鉄生産が盛んに行われ、その鉄分が川に流れたことで川が赤かったと言われています。

・赤浜
温羅が流した血によって赤くなった浜だと伝えられる場所です。

文章担当向日葵塚ひなた(元メンバー)

参考資料

  • 古事記
  • 日本書紀

挿絵担当伊助提督(元メンバー)

参考資料

  • 古事記
  • 吉備津神社文書

挿絵解説

桃太郎のモデルになった神様なので髪の毛を桃っぽく。
温羅と云う鬼を倒した伝説があるので鬼の首を抱えています。
あと大和の皇子なんで後光、鬼退治ってことで具足つけてみました

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