民間信仰

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瀬織津姫命(せおりつひめ)

瀬織津姫命(せおりつひめ)

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瀬織津姫
【別名】
瀬織津比咩、瀬織津比売

【ご神徳】
災厄抜除、治水神様、川の神様、滝の神様

【伝承地】
宮崎県西都市一ツ瀬川

【継続】
伊耶那岐命(父)、伊耶那美命(母)

【鎮座】
速川神社(宮崎県成都市)、佐久奈度神社(滋賀県大津市)山口大神宮(山口県山口市)

【解説】
清らかな早川の織りなす瀬にいらっしゃる瀬織津姫
6月末と12月末に行われる大祓神事であげられる大祓詞に登場する祓戸四神の一柱で山に降り注いだ罪や穢を清めながら海へ運ぶ神様として知られています。

瀬織津姫のご神名

瀬=川など水辺の瀬を表す。
織=織る。重なりあう
津=川などの水辺。
姫=女神

つまり、流れが折り合う川の瀬にいらっしゃる神となります。
瀬織津姫は瀧や川など水辺の神さまであり川や瀧の近くで信仰されることが多いです。

大祓詞に登場する祓いの女神「瀬織津姫」

瀬織津姫は古事記や日本書紀、現在存在する風土記には登場しない女神様。
この瀬織津姫は大祓詞に登場する神様として広くされています。

大祓詞に登場する神様は祓戸四神と言われており以下の順に穢を引き継ぎ清めていきます。
瀬織津姫→速秋津比売→気吹戸主→速佐須良比売

大祓詞は6月30日に行われる夏越祓、12月に行われる大祓式で全国の神社にてあげられ年の穢を祓うとされています。
年に2度行うのは太古の日本は元々半年で1年と数えるとされており、その名残だといいます。

では、大祓詞では瀬織津姫はどのように登場するのでしょうか?

大祓詞

遺る罪は在らじと祓へ給ひ清め給ふ事を

高山の末低山の末より佐久那太理に落ち多岐つ

早川の瀬に坐す瀬織津比売と言ふ神

大海原に持出でなむ

簡単に現代語訳(いろいろな解釈がありますが)すると
この大祓詞により祓われた穢れは高い山、低い山にいきよいよく降り注ぐ(雨を表す)。
すると流れの早い川(瀧なども含む)瀬にいらっしゃる瀬織津姫という神様が海へと穢を運ばれる。

つまり、早川の清流で穢を洗い流し海にいる速開都比売に穢を渡すのです。
では、なぜ瀬織津姫は早川の瀬にいらっしゃるのでしょうか?

天孫降臨に同行した「瀬織津姫」

速川神社社伝によると瀬織津姫は天照大御神の勅により邇邇芸命のお供として高天原から高千穂に降り立ちました。
邇邇芸命とともに現在の宮崎県成都市一ツ瀬川に訪れた時のことです。

瀬織津姫は川の瀬に足を取られて亡くなってしまわれました。
そのことを深くお嘆きになった邇邇芸命は御霊を慰められました。

御霊を慰められた場所が現在の速川神社というのです。

速川神社周辺の一ツ瀬川には男滝、女滝、蛇滝などいう七滝ありと語り継がれており、その内の蛇滝が現在の龍神の滝にあたります。
古くから龍神信仰があったようで瀬織津姫と龍神との関係を示しております。

瀬織津姫と天照大御神

瀬織津姫を天照大御神の荒御魂として祀る神社が多くあります。
それを示すかのように中臣祓訓解には次のように書かれています。

大祓詞註釈大成 上(中臣祓訓解)

瀬織津比咩神、伊弉那尊の所化の神。名二八十枉日神一是也。
天照大神の荒魂號二荒祭の宮と一。除二悪事を一神也。随荒天子は焔魔法王所化也。

現在、天照大御神を主祭とする廣田神社も元々は瀬織津姫が主祭でありました。
倭姫命世記には神宮(伊勢神宮)伊勢神宮内宮・荒祭官に天照大御神の荒御魂として瀬織津姫を祀ると記されております。

このように瀬織津姫と天照大御神は深い関係を持っているのです。

様々な神様と同一視される瀬織津姫

鈴鹿の草子や田村の草子で悪鬼を退治したと伝わる鈴鹿御前を瀬織津姫と同一視されており、
日本三大祭の一つ祇園祭の鈴鹿山の御神体は鈴鹿権現として、能面をつけ、金の烏帽子をかぶり長刀と中啓を持つ瀬織津姫の姿があります。

また、宇治橋を架けられた際に瀬織津姫を祀っていた神社が橋姫神社となったことから橋姫とも同一視されています。

【挿絵解説】
清い水の流れをイメージしました。

【参考資料】
(文章参考)
大祓詞
中臣祓訓解
倭姫命世記

(挿絵参考)
大祓詞
中臣祓訓解