依り代・呪物

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草薙剣

草薙剣

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草薙剣

【別名】
熱田大神、熱田大明神

【ご神徳】
国土安穏、家門隆昌、開運、厄除け、必勝祈願

【伝承地】
愛知県、三重県、島根県など

【継続】
不明

【鎮座】
熱田神宮

【解説】
日本神話の英雄たちが手にした神剣・草薙剣。
須佐之男命から天照大御神、邇邇芸命、そして倭建命へ……。
その足跡を追います。

英雄たちが手にした神剣

草薙剣(くさなぎのつるぎ)は、日本神話に度々登場する重要な神剣である。
現在でも天皇家に伝わる【三種の神器】のひとつとして数えられる。
最初にその存在が描かれるのは、須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したという出雲神話。
須佐之男命が退治した八岐大蛇の尾を斬ると、素晴らしい剣が現れた。
八岐大蛇の上には常に雲がかかっていたことから、剣は『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』と名付けられる。
剣は須佐之男命から姉の天照大御神(あまてらすおおみかみ)に献上され、天孫降臨の際に邇邇芸命(ににぎのみこと)に授けられた。
【古語拾遺】によれば、第10代崇神(すじん)天皇の時代になると神器の神威を恐れて、皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して、剣を倭の笠縫邑(かさぬいのむら)に遷して祀ったという。
その際、宮中には模造品が残された。
こうして宮中を離れた剣は【倭姫世記】によると、第11代垂仁(すいにん)天皇の時代に倭姫(やまとひめ)に託され、近江国や美濃国などを経て伊勢国に祀られるようになった。
剣は天照大御神を祀る伊勢神宮に移り、斎王の倭姫から第12代・景行(けいこう)天皇の息子・倭建命(やまとたけるのみこと)へと授けられている。

天叢雲剣から草薙剣へ

倭建命が遠征した相模国で国造に欺かれて火攻めにあった時、この剣で草を薙ぎ払って危機を逃れたことから、剣は『草薙剣』と呼ばれるようになった。
剣の力を借りて東国を平定した倭建命だったが、尾張の国に居る妻・美夜受比売(みやずひめ)の元へ剣を置いたまま山の神を退治に出かけ、そこで呪いを受け、やがて命を落とした。
夫の死を悲しんだ妻は、尾張一族の祭場だった熱田の地に社を建てて神剣を祀った。
熱田神宮の起源として伝わる話である。

異なる縁起

静岡県にある草薙神社に残る言い伝えでは、草薙剣は景行天皇が所持しており、天皇が草薙神社を建てた時に剣を倭建命の御霊代として奉納したと言われている。
また【尾張国熱田太神宮縁起】では、倭建命と妻の美夜受比売は結婚後しばらく幸せに暮らしていたとされ、伊吹山の神を退治するために旅立つ時、倭建命は「必ず戻るから、それまで剣を自分の床の守り神とするように」と託したという。
美夜受比売はその言葉を守り、剣を大切に持ち続けたが、年老いたので現在地へ剣を祀ることにした。
その場所には一本の楓の木があったのだが、自然に燃えて水田に倒れ落ちたことから、この場所を【熱田】と名付けた。
また【尾張国風土記】には少し違う内容が書かれている。

命と比売が結婚した夜、草薙剣が不思議な輝きを放っていた。
それを見た命は剣の神気を感じ取り、比売に対して「この剣を大切に祀って私の形影(御正体)にしなさい」と言った。
比売は言いつけを守り、命の死後に社を建てて草薙剣を祀ったとされている。

太陽の剣

現在の神話研究では、三種の神器の剣と熱田神宮の御神体の神剣は別々のもので、倭建命の伝承が後付けされ混同されるようになったとも考えられている。
草薙剣を神格化した熱田大神は、尾張地方の有力な太陽神だったという説もある。
熱田大神は草薙剣を御霊代とする天照大御神ともされている。
現代でも草薙剣は、多くのゲームやアニメなどでも重要なアイテムとして登場し、愛され続けている。

■この神様に関連する主な神話
倭剣命と草薙剣「古事記」

【挿絵解説】
草薙剣は、下界(八岐大蛇の体内)から高天原へ昇り、再び下界へ下りてきて英雄・倭建命の運命を切り拓きました。剣に宿る神気が倭建命に授けられたというイメージを託してみました。
【参考資料】
(文章参考)
『古事記』『尾張国熱田太神宮縁起』『尾張国風土記』
(挿絵参考)
『古事記』

コメント

  1. […] 【やおよろず-日本の神様辞典-】より […]